『私たちは子どもに何ができるのか』【解説・感想】非認知能力と子どもの”貧困”

本の紹介

ポール・タフ(Paul Tough)著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』という本をご紹介します。

この本は、「貧困」に苦しむ子ども達の「非認知能力」を高めるために、どのような支援が有効なのか教えてくれる作品です。

子どもの貧困と教育政策について、多くの講演・執筆活動を行っている著者は、「非認知能力」と「貧困」という、一見関係なさそうなテーマに強い関連性を見出し、その対策を考えてきました。

アメリカの状況について書かれていますが、今や日本も8.7人に1人の子どもが貧困といわれていますから「関係ない」とは思えませんでした。

子ども達がよりよい人生を歩んでいく上で重要な「非認知能力」を身に付けるために、どういった教育が望ましく、大人である私たちには何ができるのか?

特に、保育園や幼稚園、学校の先生や誰かを指導する立場にある人におすすめしたい一冊です。

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はじめに

「非認知能力」とは、

“やり抜く力(グリット)、好奇心、自制心、楽観的なものの見方、誠実さ”

といったかなり幅広い能力を差し 、本書では “性格の強み” とも呼んでいます。

学力に代表される「認知能力」とは違い、一定のものさしで測りにくい能力ですが、複雑で予想がつかない未来を生きていく上で、重要な能力として近年注目が集まっています。

これらの能力は、主に子どもの頃の様々な経験から育まれていくと考えられていますが、「貧困」は、一生の財産になる「非認知能力」を身に付ける機会を奪ってしまいます。

子どもの時に「非認知能力」を身につけられないと、学業・学校生活でも多くの困難に見舞われ、大人になった時にも、仕事や生活面で不利な条件に立たされがちです。

こうして、「非認知能力」を伸ばす機会を得られないことが、貧困の連鎖を生んでいのです。

貧困が子どもの健全な成長を妨げることは、様々な研究で示されており、その問題は多くの人が認めるようになりました。

ですが、有効な対策については長年よく分かっておらず、著者は講演会を行う度に、“「話はわかりました。それで、結局どうすればいいのですか?」”と問われ続けてきたそうです。

本書では、こういった疑問に研究結果や視察をベースに、答えようと試みています。

非認知能力は、伸ばすことのできるスキルか?

「非認知能力」が注目されると、それを伸ばそうとする動きも出てきましたが、著者は、「非認知能力」を読み書き能力のように、“伸ばすことのできるスキル”として扱うことに疑問を感じました。

それは「性格の強みについて、はっきりとした説明をしなくても、粘り強さや打たれ強さ、楽観的なものの見方、自制心を育てられるメンター」を多く見てきたからです。

「三平方の定理」を使いこなすためには、「三平方の定理」について丁寧に説明してもらわないといけません。

ですが、どうやら「非認知能力」はそういう類のものではないかもしれない…。

著者は、次のような結論に至りました。

「非認知能力は教えることのできるスキルである」と考えるよりも、「非認知能力は子供をとりまく環境、、の産物である」と考えたほうがより正確であり、有益でもある。(中略) 子供たちのやり抜く力やレジリエンスや自制心を高めたいと思うなら、最初に働きかけるべき場所は、子供自身ではない。環境なのである。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

非認知能力は環境の産物

非認知能力が「環境の産物」であるとしたら、どういった環境が良い、あるいは、どういった環境が良くないのでしょうか?

栄養価の高い食事や医療といった健康面での環境、本や知育玩具のような知的刺激ももちろん大切ですが、環境による影響の中で子どもの発達を一番大きく左右するのはストレスです。

そして、ストレスを生み出す一番の要因は人間関係、しかも家庭が極めて重要です。

 子供が感情面、精神面、認知面で発達するための最初にしてきわめて重要な環境は、家である。もっとはっきりいえば、家族だ。ごく幼いころから、子どもは親の反応によって世界を理解しようとする。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

幼児期は、体内でストレス反応のネットワークが構築される時期です。

ですが、ストレスが強い環境では「闘争・逃走反応」とよばれる脅威感知きょういかんちシステムが常に作動している状態になります(血圧を上げ、アドレナリンの分泌を増やす)。

短期的には、このような反応にも利点はありますが、これが長く続くと免疫が働きにくくなり、脳の健全な発達をはばんで、感情のコントロールや冷静な判断がしにくくなります。

そうした子ども達は、怒りへの反応を抑えることが難しくなり、小さな挫折をより深刻に捉え、ちょっとしたことですぐ対立関係となり、学校でもトラブルが多くなります。

研究によれば、とくに子供が動揺しているときに、親が厳しい反応を示したり予測のつかない行動を取ったりすると、のちのち子供は強い感情をうまく処理することや、緊張度の高い状況に効果的に対応することができなくなる。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

このように、親の果たす役割はかなり大きいのです。

著者は、もし不利な条件にある子どもの手助けをしたいなら、6歳未満もっと言えば3歳未満の幼い時期こそが、絶好のチャンスだと言います。

人生最初の3年が大事なのです。

どのような支援が有効か?

では、どんな支援が有効なのでしょうか?

最も見込みが高いと考えられているのは、「親子関係をターゲットにした支援です。

多くの場合、親自身が貧困に苦しみ、過度のストレスにさらされていると、子供に対して配慮の行き届いた、落ち着いた反応を示すことができません。

ですが、親が望ましい行動を、後天的に身につけることは可能です。本書では、

  • 定期的な専門スタッフの訪問によって、子どもの攻撃的な行動が少なくなった
  • 1年間の『親子関係に焦点をあてたカウンセリング』によって、安定したアタッチメント(愛着)が築けた

といった事例が紹介されていました。

疲れ切った親たちに必要なのは情報だけではない。事実、アタッチメントに焦点を合わせた家庭訪問の成功例を見ると、子育てのヒントだけではなく、心理面、感情面の支援が提供されている。訪問者が共感や励ましを通して、子供との関係について気を楽にさせ、親としてこれでいいのだという安心感を持たせているのだ。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

また、子ども達が幼い頃に過ごす家庭以外の場所を改善しようという支援もあります。

〈エデュケア〉は、生後6週目から5歳までの低所得層の子どもたちのために、丸一日の預かりと幼稚園を運営しています。

家庭で大人との暖かいやりとりが得られないなら、〈エデュケア〉がそれを提供すればよいと考えたのです。

たとえ子供たちの自宅がストレスのたまる場所であっても、日々センターで経験する共感に満ちた対応が、混乱した家庭の悪影響を乗りこえるための大きな助けになる。エデュケアのディレクターはそう信じている。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

幼稚園入園後の支援

幼稚園に入園以降は、一日の多くの時間を幼稚園や学校で過ごすことになるため、介入の対象を「家庭」より「幼稚園・学校」にした方が効率的だと言います。

親や身近な大人と穏やかで安定したやりとりを重ねてきた子ども達は、注意を向けたり集中したりするための基盤ができています。

しかし、この基盤がないまま幼稚園に上ってしまうと、子どもたちはそれらの能力を伸ばす援助を受けられないまま、悪循環になってしまいます。

レジリエンス、好奇心、学業への粘りといった高次の非認知能力は、まず土台となる実行機能、つまり自己認識能力や人間関係をつくる能力などが発達していないと身につけるのがむずかしい。こうした能力も、人生の最初期に築かれるはずの安定したアタッチメントや、ストレスを管理する能力、自制心といった基幹の上に成り立つ。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

子どもを指導する立場にある人にこういった視点がないと、深刻な逆境に立たされてきた子ども達は、単に「問題行動を繰り返すやっかいな子」としか映りません。

長らくアメリカでは、規律を守らせるために「いっさい許容しないゼロ・トレランス」という方針をとってきました。

この方針では、子どもが規律を守らないのは「自分の行動の代償よりも、利益の方が大きい」という計算が働いたからだと考えます。

つまり、「悪い事をした時の罰を重くすれば、割に合わない行動を控えるようになるはず」という前提に立っているのです。

しかし、教育における賞罰の効果には限界があり、とくに強いストレスの影響を受けてきた若者には、まったくと言っていい程、効果がないことが分かってきました。

「アメとムチ」に効果がないなら、どうしたらクラスの規律を保ち、子ども達を望ましい方向へと導いていけるのでしょうか?

その重要な手がかりは「動機付け」です。

動機付け

デシとライアンはこう論じた。私たちは多くの場合、自分の行動が生む表面的な結果ではなく、その行動によってもたらされる内面的な楽しみや意義を動機として決断を下す。二人はこの現象を「内発的動機づけ」と名づけた。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

人が内発的動機」を維持するためには、次の3つが満たされる必要があります。それは、「有能感」「自律性」「関係性(人とのつながり)」です。

学校ではどういった状況のときに、この条件が満たされるのかみていきます。

  • 「自律性」:生徒に、自分で選んで、自分の意思でやっているのだという実感を持たせ、管理・強制されていると感じさせないとき
  • 「有能感」:やり遂げられるが簡単すぎない、適切な難易度のタスクを与えられたとき
  • 「関係性」:教師から好感を持たれ、価値を認められ、尊重されていると感じるとき

教室という「外的な環境」を整えることによって「内発的動機」を高めることができれば、生徒のモチベーションは上と言います。

(前略) 非認知能力は心の状態のようなもの―環境に左右される複雑な土台―と考えたほうがよいのではないか。よい学習習慣を身につけるために子供たちが何より必要としているのは、自分が自立した存在であり成長していると感じられる環境、なおかつ帰属意識の持てる環境で、できるだけ多くの時間を過ごすことではないか。

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

「内発的動機」を高めるためには「協働学習」も有効だそうです。これは、学習の過程で、積極的に生徒の参加を求めるものです。

教師からの一方的な講義の時間を減らし、グループで話し合いや少人数でのプロジェクトを増やすなど、双方向のやりとりを大切にします。

<ELエデュケーション>という非営利団体の教育責任者であるロン・バーガーは、次のように話します。

「情緒面が損なわれると、子供はさまざまなやり方でそれを自分のアイデンティティに取りこんでしまいます。(中略) そういう子供たちは、クラスで貢献することができなくなるのです。議論に参加することも、手を挙げることも、勉強に関心を示すこともできなくなる。情熱とか、反応とか、そういったものをすべて抑え込んでしまう。学校で思いきって何かをやってみることができないのです。思いきってやってみなければ、学ぶことはできません。」

ポール・タフ著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版株式会社(2017年)

「協働学習」は、生徒の自主性を大切にしますが、同時に、教室の管理をゆるめることでもあるので、懸念けねんを示す教師も多くいたそうです。

ELや同様の活動を行う団体では、教師に対して「協働学習」の重要性や授業の進め方を指導することで、成果を上げているそうです。

おわりに

今回は、ポール・タフ(Paul Tough)著・高山真由美訳『私たちは子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』という本をご紹介しました。

私には「非認知能力」を”環境の産物”と捉える著者の考えが新鮮でした。

研究をベースにした硬派な本なので、読解に多少の集中力が必要ですが、読んで良かったと思える内容です。

人生の初期の時点で、不利な条件に立たされている人がいる……その事実を知っておくだけでも、やたらと「自己責任論」におちいらないで済むのでは?とも思いました。

この記事が何か少しでもお役に立てれば嬉しいです。最後まで読んで頂いてありがとうございました。

プロフィール
ひなた

・2児を育てる30代ワーママ
・理想の生き方を模索中
 年間読書量:90冊
 ※Audibleでの【耳読書】含む

ブログ『ひなたの本棚』では、
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